ソダシの手前変換について語らせてくれ

美しい白毛で名高いソダシだが、走りっぷりもとにかく丁寧で安定感がある。

好スタートで好位につけ、最終直線のスパートで後続を振り切る。
王道の先行脚質。
お手本のような競馬だ。

何より目立つ。

16頭立てのレースなら足は64本。その中でもソダシの足だけは容易に見分けがつく。すると特徴も見えてくる。

というわけで、素人目にもわかった範囲でソダシの走り、特に手前について語らせてほしい。

手前って何

ウマ娘から競馬に入った人は驚くところだが、競馬において左右の区別はめちゃくちゃ重要だ。人/ウマ娘と競走馬とで、左右という概念の事情は全く異なる。

人間が2本足で走るとき、左右の足の動きはちょうど半周期だけずれる。左右の均整は取れていて、区別がない。

一方、馬の全力疾走は襲歩と呼ばれる左右非対称の動きだ。2本足×2ではなく4本足×1。バランスを取るために仕方なく両足を均等に動かす人間とは異なり、対称性という枷から解き放たれている。

左右非対称ということは、同じ走り方でも鏡写しの2通りの動きが存在する。この2通りは前肢に着目して区別、呼び分けられている。

「タタッ、タタッ」という風に足が立て続けに着地するが、このとき遅れて着地する側が「手前」と呼ばれる。

「左右ッ、左右ッ」なら右手前。
「右左ッ、右左ッ」なら左手前。

実は後肢もあるので4通りなのだが、馬の場合は基本的に前肢も後肢も同じ順で動かしていて、この関係がずれるのは手前を入れ替える瞬間だけなので割愛。

さて、この左右非対称の襲歩。何度も書くが左右非対称なので、どちらの手前で走っているかで特性が異なってくる。特に重要なのは以下に上げる2つの違いだ。

  1. 各足にかかる負担
  2. 旋回しやすい方向

まず、旋回しやすい方向について。

襲歩において最も推進力に寄与しているのは反手前後肢だ。右手前で走っているときは左後肢が一番早く着地し、最も強く地面を蹴ることになる。

この推進力は対角線方向に向いていて、その直線上にある手前肢で舵をとっている。右手前なら右寄りに力が働いているので、その分をそのまま向心力にあてれば右に旋回できる。

つまり、右に回るときは右手前なのだ。逆も然り。日本の平地競走はずっと同じ方向に回るので、コースによって有利な手前と不利な手前があることになる。

続いて、各足にかかる負担だが、これも同様。

役割が異なれば負担も異なるのは明らかだ。ずっと同じ足を使っていれば次第にパフォーマンスが落ちていってしまう。

そこで、競走馬は騎手の指示で手前を交換できるように調教されている。特に最後の直線では手前を入れ替え、温存していた側の足でスパートを掛けるのが定石だ。

ソダシの再加速

まずはレース映像を見てくれ。

2021年 桜花賞(GⅠ) | 第81回 | JRA公式

最終直線、抜け出したソダシは左手前。
残り50mくらいのタイミングで今度は右手前に変え再加速。
外から迫るサトノレイナスを振り切り勝利している。

直線の最後に更に伸びて押し切るのは必殺技という趣があってカッコいいね。

だが待ってほしい、右手前である。

見ての通り走っているのは右回りのコース。散々使って疲れるはずの右手前に変えた途端、なぜかギュンという音が聞こえるくらい伸びてるのである。

あれーっ!?

桜花賞のコース

コースによって有利な手前があることは前述した。

そこでまずはこの日使われた阪神競馬場、芝外回り1600mについて見ておく。

ここからはJRAのコース紹介を見ながら話をすすめる。

だいぶ歪だが、コースは基本的に角丸の長方形だと捉える。

スタンドのある側の直線がホームストレッチ、反対側がバックストレッチ(=向こう正面)。
ゴール板から進行方向に数えて順に1コーナー、2コーナー、3コーナー、4コーナー。

桜花賞は芝外回り1600mなので、バックストレッチの半ばくらいからスタート。
直後の分岐はまっすぐ進んで外側のコースに入る。
ぐるっと3コーナーと4コーナーを回って最終直線、ゴール。

ずっと長くゆるい弧を描く「つ」の字のようにも見えるが、3コーナーと4コーナーの間はかなりRが大きく、「コ」の字の雰囲気も見出だせる。最終直線に入るところはカクっと折れているね。

レース映像ではわかりにくいが、ゴール前の残り200mから1.9mも登る、勾配1.5%の急坂も特徴だ。

なお、2021年の阪神競馬場はこの週からBコースを使用している。つまり内側の柵が外側に若干移動し、内ラチ側まで芝の状態がめちゃくちゃ良い。

ソダシの手前変換

コースを踏まえた上で、次はソダシが手前をどう変えていったかを追ってみる。

好スタートを決めたソダシは最初は左手前。他のレースの映像を見てもスタートは必ず左手前で出ているから、利き足なのかもしれない。
200mくらい走り前の方に位置を確立すると早々に右手前に切り替え。そのまま3コーナー、800mと通過している。
後半戦、そのまま右手前を維持しても良さそうなところだが、ソダシはここで一旦左手前に切り替えている。
当然4コーナーを曲がるときには右手前に戻さなければならない。ソダシが手前を戻したのは600mの標識を過ぎた直後。
その後4コーナーを曲がり切りホームストレッチに入ると、基本通り左手前に。ストゥーティとジネストラの間を割って抜け出しスパートを掛ける。
勢い任せにゴール手前の激坂を登り切ると、今度はまた右手前に切り替えてダメ押しの加速、という流れで押し切っている。

というわけで、ざっくりそれぞれの手前で走っていた距離を概算すると800と800くらい。なるほど距離の上では両方の足を同じだけ使っていたというわけだ。

気になるのは4コーナー手前で少しだけ左手前を使っていることだ。スパートのために温存しているはずのものをどうしてこの場所で少しだけ使っているのか。この謎が最後の伸びにも関係しているかもしれない。

まず思いつくのは、右手前で走るのに疲れたからという単純な理由だ。その根拠を今年の桜花賞のペースに求めてみよう。

200mごと8区間に分けたラップタイムを、比較的タイムの近い2019年の桜花賞と並べるとこうなる。

2019年 12.2 11.1 12.1 12.3 11.7 10.8 11.0 11.5
2021年 12.1 10.8 11.2 11.1 11.6 11.2 11.2 11.9

2019年の桜花賞もグランアレグリアがレコードを出していたのだが、見比べると今年は前半が速い消耗戦のようだ。

特にラップタイムに差があるのは3番目、4番目の区間。この辺は3コーナー前後にあたり、ずっと曲線なので右手前で走るしか無い。道中長く使いたいはずの足がゴリゴリに消費されて大変しんどいはず。

一般に、ハイペースの展開では先行組が崩れやすいと言われている。今回の結果を見ても、コーナーを好位で回っていたストゥーティやジネストラ、ヨカヨカなどは失速し掲示板外。残ったのはソダシだけだった。超高速馬場であったとは言われているものの、実情としてハイペースだったのは間違いない。

そこで例の区間だ。

Rが十分大きい弧の一部分だけを切り取ると、ほとんど直線のように捉えることができる。ゆるい弧を描き続けているように見える外コースの曲線は、実はずっと回り続ける必要はない。4コーナー側ほどその傾向が強く、ちょうど中間地点を過ぎたこの場所にも直線を見出すことができる。つまり、ここは手前を逆にして走れるのだ。

ここだけが苦しい足を休めることのできた唯一の区間だったはずだ。ようやくラップタイムが緩んでくれたタイミングであり、600の標識を過ぎればまた忙しくなってしまう。ソダシ/吉田騎手はこの機を見逃さず、さりげなく小休憩を取っていたのだ。天才か~?

この小休憩のために道中で左手前を使いすぎたのかというと、そういう訳でもないらしい。

最終直線で抜け出した勢いのままゴール前の激坂を登るソダシの足取りは力強く、近くで追っていたはずのストゥーティやアカイトリノムスメを突き放さんばかりだ。ソダシにはまだ余裕がある。サトノレイナスを除けばこの時点で勝負ありといった状況だった。

そう、外からはサトノレイナスが飛んできている。

いくら力強くとも坂では否応なしに減速している。ここから粘るためにはもう一押しできる足が必要なのだ。そのために温めていたものこそ必殺の右手前だった。

実は4着のアカイトリノムスメもまた、このタイミングで手前を変え再加速を図っていた。ソダシとアカイトリノムスメ、2頭の違いは正面から映したパトロールビデオから見えてくる。

残り200mで失速してしまったアカイトリノムスメは一度左によれている。不慣れな阪神、坂でバテてしまったのは仕方がない。だが、登りきって右手前に切り替えた途端、今度は逆に右へとぐいぐいと斜行してしまっている。よれるのは疲労で舵取りが覚束ない証。アカイトリノムスメも断じて能力が無い馬ではないが、過酷な道中での小休憩の有無が最後の一伸びに影響したとは考えられないだろうか。

ゴール板までまっすぐ走り抜いたソダシの姿を以て、勝因はうまく手前を切り替えて両方の足を使えたことにあった、と私は結論付けたい。

終わりに

ここまでソダシの手前変換について語ってきた。

こうしてみると、楽しみになってくるのはオークスだ。

オークスこと優駿牝馬東京競馬場で行われる。桜花賞との違いは2400mという距離だけでなく、左回り、そして特徴的な起伏もだ。

半年前のアルテミスSからどれだけ成長したか、手前という視点からも見てみると面白いだろう。

奇しくも目下最大のライバルの名は女王たち。マイルが短すぎた刺客たちもようやく参戦する。血統不安や逆張りを払い除け、勝って力を示せるか。ソダシの挑戦に期待したい。

えっ、サトノレイナスがダービー匂わせ?

ソダシも登録はしてる?

やだやだ! オークスで戦ってくれなきゃやだー!